読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

それなら最後に踊ろうよ。

 

 

ついになってしまった2017年。

年末年始って感じが全くしないまま、この記事を書いているわけだけど、まぁそれは僕自身が年末年始の行事感を嫌いだということもあると思う。

理由はいろいろあるのだけれど、一番は何より街に人が溢れていて辟易してしまう。

なら町に出なければいいだろって話なのだけれど、普段からバタバタとどこかを動き回っている私は、年末年始でもジッとしていることができない。

年末年始だから、人混みが苦手だから、って思っているが、結局は年末年始が原因でも人が多いのが原因でもなくて、自分自身がどこかその年末年始の楽しそうな雰囲気から逃げているというか、避けているだけなのかなと思う。

 

Amazon.co.jp: きみの言い訳は最高の芸術 eBook: 最果タヒ: 本

この中で最果タヒさんが受験生の時にクリスマスをどうやって見ていたかって話があるのだけれど、その話と一緒だ。

いろんな行事がある中で「なんか楽しそうな雰囲気だけど、私はああはなりたくない」みたいな、少し見下したというか、自分はああはならないぞって勝手に決め付けている部分がある。別に下も上もないのに。

でもそういった部分って多分少なからず多くの人の中にあるものだと思っていて、こう言ったことを少し大局的に見ると「ハロウィンの渋谷と社会の関係性」みたいなものも似たようなものだと思う。普段おとなしくしている人でさえ、ハロウィンの日には渋谷にナースの格好をして飛び出していく。そういう人たちを「ああはなりたくないな」ってテレビが言ってるのを何度見たことか。そうやって世間の大半が楽しんでいることを素直に受け入れられないというか楽しめないっていうのは、誰にでもある感情なのかなって思うわけです。

 

にしても新年一発目に何でこんなこと書いてるんだろうなんて思っているけど、2016年はそんなみんなが楽しそうにしていることを避けてしまっていた自分にもちょっと喝入れなきゃなってところがあって、その戒めとしても書いているのかなって。思ったりもします。だから2017年はガンガン人に会いたいし、今まで避けてきたこととかもできるだけ体験したいなって思うんです。メルカリで服売りたい。

2016年の初めは本当に自分に自信があったし、でもそれは夏あたりで自分の中だけの虚構だったことに気づくんだけど、その時は北欧から帰ってくる飛行機の中で、日本に降り立ってハッと気づいたら10月で。焦って焦って色んなものを再吸収し始めた2016年の末です。2016年はいい意味でも悪い意味でも”知れた”1年だった。

 

満足できない年が続くけれど、それはそれで自分にまだ伸びしろがあるんだって頑張れる気がする。満足なんてものはいらない。どこかで不満を抱えていたいし、大きな不満であればあるほど解消しようと努力できるじゃないですか。その結果がどうあれ、プロセスが充実していることが何よりマストな条件で。それが結果につながれば嬉しいなって。

いろいろな足りない部分を知って、それを補完するぞ!って思い始めた2017年。

去年も今年も来年も本気。本気と書いてマジと読む、マジですよ。

気づいたら2018年のこと書いているんだろうけど、その時にこの文章をどんな気持ちで見れるのかな。

でもね2017年が本気で遊べる最後の年なのかなとも思うわけです。「あーあ終わっちゃったよ大学生」なんて死んでも言いたくない。それなら最後に踊ろうよ。それなら最後に本気で踊ろうよ。今年も本気でやらないといけないわけです。最後の踊れる年。Last Dance.

 

ってなことを熱燗をちょこちょこやりながら書いていました。いつもは傍にコーヒー置いてるのにね。結局年末年始気分やんけお前。